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思い残すことなど

拝啓 見知らぬあなたへ

4月12日の駄文

住人しか通らない道が好きだ。進んでも何があるわけでもないし、袋小路であることも多い。でも確かに必要があってそこにある。必要以外の必要が無い。完全に機能としての道。潔くてよいなあと思う。昨日の通院の疲れもあってか今日は朝から貧血を起こして午…

4月10日の駄文

満開の桜を見れるのも最後だろうということで、少し足を伸ばして桜の咲いた公園なぞに繰り出す。マスクにiPodという心地よい一日には相当に場違いな出で立ちで、春の陽気が降り注ぐ公園通りの坂道を登っていく。街中にもいくらか桜の木が植わっていて、それ…

4月7日の駄文

毎日当たり前のように朝が来て、昼が過ぎて夜になる。ただそれだけのことがつらくなったら割ともう終わりに近づいている気がしてる。終わりとは何かと言われると困るのだけれど。午前中に降っていた雨もすっかりとあがり、心地よく晴れた午後となった。しか…

4月6日の駄文

午前中看護師さんが来てくれて1時間ほど話していた。相手がほとんど喋りわたしは相槌をうつだけだったが、それでもなかなかに気疲れしてしまうようで、午後は買い物に行ったあと少しだけゲームをして、あとは犬と惰眠をむさぼっていた。犬は昨日シャンプーを…

4月5日の駄文

川沿いを歩く。一本だけ生えている桜は満開にはまだ遠い。近隣の保育園の園児たちが河原を走り回る。いたずらっ子に帽子をとられて声を上げて追いかける子がどこか愛おしい。川の流れは緩やかで、しかし淀みを感じさせず、その鷹揚さに癒されている自分がい…

4月4日の駄文

久しぶりにブログを公開してみる。少し事情があって、あらゆる接点を断ちたかったということがあったのだけれど、しかしわたしは、ずっと文章を書かないということをどうしてもできないようだ。さて、3月の末に退院してきた。日常にひとまずは復帰できてい…

1月31日の駄文

寒い1日だった。強い風が吹くたびにへこたれそうになった。早々に咲いた梅の木にはメジロが数羽いて、花の蜜を吸っている。昨日の暖気で誤って咲いたようなタンポポが一輪枯れた芝生にあって、バカだねぇと話しかけてみる。寒さの中にあっても、春は確実に近…

1月25日の駄文

見上げれば相変わらず抜けたような空で、眼下には西武多摩湖線が走る。びゅうびゅうと風が吹き付け、早咲きの梅が散ってしまうのではないかとわたしは心配に思う。単調な日々。あらゆる見舞いを拒否し、他人を忌避し、あえて孤独に身を寄せてそれらしく振舞…

1月12日の駄文

いつも通りよく晴れた1日だ。病室には午後から陽がよく差し込む。ぽかぽかと暖かく、まるで春が勘違いしてやってきたみたいに感じる。でもそれは気のせいで、外に出るとちゃんと真冬の気温をしている。秋に入院したのに真冬になってしまった。二ヶ月の予定が…

1月2日の駄文

年が明けた。生きたまま2017年を迎えるなんて思ってもいなかったから、不思議な感じがする。実はもうとっくに死んでいて、自分だけが生きていると錯覚している。いつもそんな気分になる。きっと本当にそうなのかもしれない。今日、病院に戻ってきた。病室は…

12月30日の駄文

冷え込んだ河原を犬と夫と一緒に歩く。空気がシンと澄んでいて、丹沢山系の山々やその奥に大きな富士山がくっきりと見える。なんでもない景色だけれど、入院中の一時帰宅の身からすると胸を打つものがある。夕焼けならなおさらといったところだけれど、今日…

12月9日の駄文

夕日が街中をオレンジに染め上げる。病室の窓から見える動物実験棟やさまざまな木々は逆光を浴びてまるで影絵みたいに映る。孤独が克明に浮かび上がる夕間暮れ。寂寥感に満たされた空。しかし同時に世界はみんな孤独であると教えてくれるような夕景だ。どこ…