そして毎日はつづいてく

I am always prepared to lie

自覚したナルシシズムを獲得したい

真夏のような日差しになってきたがまだ初夏である。5月でこれでは8月はどうなってしまうのだろう。しかしわたしは無敵のニートである。出る必要がない外に出る必要はない。どんとこい、夏。

先日親と話していて、バルミューダトースターが欲しいという話題になった。

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わたしだって欲しい。我が家のトースターは貧乏時代に手に入れた超絶安物であって、温度調節の機能もない。巷のレシピブックやサイトに「オーブントースターで○分」と書いてあっても火力が足りなくて思った通りに調理できない代物だ。

さて、そこにバルミューダである。トーストの味が全然違うらしいので体感してみたい。温度の調節機能ももちろんある。そして何よりかっこいい。キッチンにこのトースターが置いてあるだけで家のオシャレ度がぐっとあがる。

また、バルミューダで言えば電気ケトルもかっこいい。

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600mlと小ぶりではあるが夫婦二人だったら問題ない。とくにこのケトルはそそぎ口が細長くなっているので、ハンドドリップでコーヒーを入れる人にはよさそうだ。そして何よりかっこいい。キッチンにこのケトルが置いてあるだけで(以下略)。

家のオシャレ度が高いと家が好きになる。家が好きになるとこまめに掃除をするようになる。こまめに掃除するようになると家の居心地がうんとあがる。家の居心地がうんとあがると、もっと家のことが好きになる。という正の循環が起こる。好きな家具に囲まれて、好きな音楽をかけて、好きなコーヒーを飲む至福。まあ半分くらいはナルシシズムなのだろうけれど、生きていくのは自分なのだから自分が満足していればそれでいいじゃないかという気もする。

そう、自己満足でいい。というか、自分で満足でもできなければ、人生が少しでもよい方向に行くようになんてする意味もない。シンプルでもミニマルでも丁寧でも。フィギュアや書籍やレコードに囲まれた生活でも。おもちゃ箱ひっくり返したみたいな部屋も作りようによっては魅力的に映るし。どんな生き方でも生活でも、自分の中の満足に向かっていければ、それがよいよねと思う。他人の評価とか本来は二の次のはずだ。でもわたしたちはすぐに自慢したがる。自己顕示欲があり、いわゆるカギカッコ付きの「承認欲求」に絡め取られてしまう。自分自身の生き方のスタイルやスタンスを他人に認めて欲しいと思ってしまう。

けれど、そもそも人生は有限で、与えられた環境や状況や、元々の自分のペースや限界が人にはそれぞれあって、どの生き方が正解とか不正解とか無くて当然だ。全体に占める運の割合も大きい。そうした中で(とりわけ自己肯定のために)大きな声でことさらに何かをたたえることの暴力性は、計り知れない。昔研究室の先輩が「無邪気は無神経」と言っていたけれど、まあその通りで。誰かを傷つけてしまうときは自覚的でありたい。覚悟を決めていたい。