そして毎日はつづいてく

I am always prepared to lie

モチベーションが死んでる

自己憐憫はやめようと思うのだけれど、憐憫くらいしないと自己の存在が消えそうなほど弱いので許してほしい。心の中のキャンドルにフーっと風が吹いたら消えてしまうだろう*1

ここのところ急にレイモンド・カーヴァー熱である。図書館で「水と水とが出会うところ」という詩集を予約した。でも英語で読みたいからペーパーバックで買うかもしれない。カーヴァーの作品を読むのは15年ぶりとかになる。

僕の死をあまり悲しみすぎないでほしい
僕が生きていたときに幸せだったことを
僕は知っておいてほしい

カーヴァーの「My Death」という詩の一部。訳は「煙か土か食い物」における舞城王太郎によるもの。
文学的素養が無いので詩の良し悪しなどさっぱり不明なのだけれど、カーヴァーの詩は心に響くものがある。それは人生の底を見た人の言葉だからかもしれない。あるいは単純にわたしの好きな雰囲気の言葉が並んでるからというだけかもしれない。でもまあ、ある種の共感によるものだろう。どんなものでも作品に触れるときってそういうところがある。

もしわたしが死んでも、あまり悲しみすぎないでほしいと思う。わたしが生きていたときに幸せだったことを、わたしは知っておいてほしいと思う。
わたしの人生は幸福だった。出会った人はみんな公平で優しかった。何もかもが楽しかった。世界は暖かく慈愛に満ちたものだった。本当にそう思う。

さて薬が、どんどん増えていく。定時で15錠、断続的に薬を飲んでないとやばくてやばいので頓服を1日3錠くらい、頭痛がしたら頭痛薬も飲むので1日2錠か4錠、合計すると20錠以上だ。ちょっと多くないか?と思ってしまう。一般的な薬の量など知らないけれど、自分の中ではかなり多い。これだけの薬を飲んでも苦しくて寝込んでいるわけだからもうどうしようもない。

仕事をぶん投げ人間関係を積極的に放棄している今となっては夫のために家事をすることだけが最後の存在意義であるので、なんとかギリギリそれだけはこなしている。家事ができているうちは大丈夫というなんとなくの暗黙の了解がある。しかしもういろいろと限界を感じる。生きていくためのモチベーションが死んでる*2