そして毎日はつづいてく

I am always prepared to lie

夏目漱石になりたいというのではないけれど

ホットコーヒーの癒しの力は偉大だ。どんなときでもそれは頭や心に深く染み込んでくる。ただのカフェイン中毒だよと言われればその通りかもしれず、しかし日常生活に支障が無く健康上の問題もなければ別に依存していたとしても構わないやと開き直ることもできる。一番安い豆を引いてもらってきてコーヒーメーカーで淹れただけのコーヒーでこれほど穏やかな気持ちになれるのなら気安いもので、それがたとえ依存であったってプラスに振っているので問題がない。

コーヒーを飲んで少し落ち着いて、なんとなくはてなブログのダッシュボードから知らないブログへ飛んでみる。こういった心情の吐露みたいなブログは無くて、世の中は平和でいいなと感じる。こんなゲロ吐くみたいな文章、誰のためにもならないし、書かれずに済むのならその方が絶対にいい。でもいささか健全すぎる。どこか遠い世界の話としてしか見られない。どうか魂の叫びを聞かせてくれよ! 読者なんか無視してパッションで書きなぐってくれよ!
そういうわけでオススメのブログがあったら教えてください。

さて文章が上手くなりたい。技巧的な話だ。誰かに響くとか心が震えるとかそういうことではなくて、誰がどう見ても(態度としてわたしに否定的な人が読んだとしても)巧みで隙の無い文章であること。
こんな駄文であっても文章を書くことはわたしの趣味の一つであり、趣味として上達したいという気持ちがあるのだ。まあどれだけ文章が上達しても、このブログを読んでいる人にしか伝わらないので意味があるのかと言われれば無いと答えざるをえないのだけれど。

と、書いてみたけれど、実際には技術としての文章の良し悪しより、その文章が読んだ人の心の奥まで届くかどうかがその価値を決めているようにも思う。現に読者数が半端ない数になっているブログでも文章が下手なものは沢山ある。何が人の心に届くのかと考えると、月並みだけれど「気持ち」なんだろうなと思う。どれだけ真摯にそのこと(記事の内容)と向き合ってきたのか。あ、おもしろ系は除くとして。
自分は人生を通じて一貫して逃げ続けてきたものだから、そうした武器が無いなと思う。そういう意味では、どれだけ文章力を上げたところで読む人の心に本当に届く文章なんてきっと書けやしないのだ。少し寂しい。まあ元々届かせたいような内容でもないから、いいか。

たとえば空を飛ぶ鳥たちも、もっと上手に飛びたいと願ったりするんだろうか。あいつみたいに素敵な滑空ができるようになりたいとか羨んだりするんだろうか。きっとないんだろう。鳥たちはただ必死で飛んで懸命に生きてるだけだ。でもその方が心は自由なんじゃないかと少しだけ思う。そして心というのは本来的に自由であるべきなのだ、誰がなんと言おうと。