そして毎日はつづいてく

I am always prepared to lie

別れ際にもう一度君に確かめておきたいよ

繰り返し繰り返し思い出す美しいさよならというものがあって、わたしはそれを思い浮かべて今日をなんとか生き延びる。大好きだった。昔の上司のことだ。
4年前に病院のエレベーターホールで交わしたさよならが、本当に綺麗な思い出になっている。なぜならそのときお互いに離れがたい気持ちを持っていてそれをお互いに分かり合っていてでも別れなければならなかったからだ。それは人生の喜びと孤独さがぎゅっと凝縮されたような瞬間で、もう二度と訪れない寂しいけれど幸せな一瞬だったのだ。別れは出会いより美しい。理由は分からない。

けれど別れを美化したがるのは未熟さの証左だと言い切ってもいいのかもしれない。現実にはそばにいる人を大切にするべきだし、そういう人たちとの出会いのことだってもっと大事に思うべきだからだ。それでもあの瞬間の美しさを今も思い出さずにはいられない。そしてそれはほとんど泣けるほどなのだ。

さまざまな出会いがある。たくさんの別れを経験する。人と人とが交差する瞬間の奇跡を、喜びを、意識しないまま人生は流れ、いつか離れ離れになっていく。でもそれでいいんだと思う。それくらいがちょうどいいんだと思う。

さて梅雨である。この季節は天候も体調もすぐれず冴えない日々を送ることになるのだけれど、でも雨降りの午後の街はなんとなく好きだ。いろんな色の傘、足早に通り過ぎていく人たち、タクシー乗り場の長蛇の列。雨粒は喧騒をその一粒一粒に閉じ込め、街に静寂をもたらす。少し水を跳ねて走る車のタイヤの音、キラリと光るガクアジサイの花。永遠に続くみたいに感じる雨。雨。雨。でもそれは気のせいで、やがて雨はあがり、街はまた賑やかさを取り戻す。そしてうんざりするほど長い夏がやってくる。

きっとわたしは今年の夏も生き延びて、食欲の秋を満喫して、大好きな冬を迎えるんだろう。そういう四季の移ろいが、なんでもなく過ぎていく日常が、心を癒し潤していくことは承知した上で、しかし大変恐ろしくて困る。

生きるにしても死ぬにしても勇気が足りないのが問題だ。時間だけがひたすら無為に過ぎていく。恐怖でしかない。